中沢クリニックだより
秋の号(第65号)

[10月からの医療費改定について]
 6月14日に医療制度改革関連法案が可決、成立したことにより、10月1日より、高齢者の医療費負担の引き上げ、などいくつかの改定がありました。

(1)現役並みの所得がある70才以上の高齢者では、医療費の窓口負担割合が、2割から3割に引き上げられました。現役並み所得者の基準とは、課税所得(年額)が145万円以上(月収28万円以上)、及び、収入が「高齢者夫婦世帯」で520万円以上、「高齢者単身世帯」では383万円以上、となっています。

(2)医療費の自己負担限度額が引き上げられました。高額な医療費負担を軽減する制度として「高額療養費制度」があり、1か月分の医療費が一定額(自己負担限度額)を超えた場合、超過分を払い戻してくれるものです。この限度額が、今回、引き上げられました。引き上げられた、ということは払い戻し分が減る、つまり、自己負担分が増えるということです。自己負担限度額は、所得の多い少ないで3区分され、また、年令が70才以上か、70才未満か、で変わってきます。込み入った説明になりますので、ここでは割愛します。

(3)療養病床に入院する70才以上の方では、入院時生活療養費が新設されました。療養目的の病床に長期に入院する高齢者については、介護保険で入院している場合に準じた額の食費及び居住費を負担することになりました。これも、収入の多い少ないによって区分され、金額が決まっています。「現役並み所得者」と「一般」では、食費は一食当たり460円(1か月;4万2千円)、居住費は1日当たり320円(1か月;1万円)、所得の少ない方は、これより少ない額になっております。

(4)出産育児一時金が見直され、30万円から35万円に引き上げられました。少子高齢化対策の一環、ということです。

解説シリーズ[心を考える](その4)
摂食障害(2); 過食症(上)

<過食症とは?>
 摂食障害という病気について、「クリニックだより」第62号から解説を続けてきました。摂食障害には、食事を受け付けなくなり極端にやせる拒食症と、むちゃ食いを繰り返す過食症とがあります。この二つは別の病気のようにみえますが、それぞれの病状の成り立ちには、心の問題が大きく関与しているという共通点があり、摂食障害という根っこは同じで、二本に分かれた幹の一方は拒食症、もう一方は過食症ということです。拒食症から過食症に移ったり、反対に過食症から拒食症に移るケースが時々見られることがあり、両者は表裏一体といえるものです。拒食症については、3回にわたり解説し終了しましたので、今号からは過食症について解説します。
 過食症は、短時間に大量の食べ物を衝動的に食べる発作が繰り返しおこる病気です。「神経性過食症」または「神経性大食症」とも呼ばれます。普通の人にみられる「やけ食い」や「気晴らし食い」と違って、自分で衝動を抑えられず、繰り返します。過食するといっても、本人は太りたいと思っている訳ではなく、むしろ、やせていたい、という願望を持っているので、大食した後は、後悔し、自分を責める自責の念にさいなまれます。
 「やせたい、でも食べたい」と悩んでしまうと、まず思いつくのが、吐いたり下剤で下痢したり、ということです。「たくさん食べてしまっても、体から出してしまえば、体重はふえないだろう」と考えるからです。体重増加を防ぐために、自ら嘔吐したり下剤や利尿剤を乱用する行動は、「排出行動」と呼ばれます。しかし、無理やり吐いたり下痢したりすると、食べたものだけでなく、消化液や体液などに含まれる大切な成分も失ってしまいます。
 過食症は、おもに女性にみられ、思春期から青年期にかけて発症します。

<嘔吐、下痢で壊れていく体>
 一旦胃にはいったものを吐けば、当然ですが胃液も一緒に吐き出されます。胃液には胃酸があって酸性が強いので、食道の粘膜を傷つけて食道炎になったり、歯の表面のエナメル質が酸で溶かされて歯がボロボロになって、若い人でも総入れ歯になることもあるそうです。無理やり嘔吐しようとすると、食道の粘膜が裂けてひどく出血し、吐血が止まらず、救急処置を要することがあります。また、口に指をつっこんで吐くことを長期にわたり繰り返していると、手の甲に歯が繰り返し当たるために、「吐きだこ」ができることがあるそうです。唾液腺が慢性的に刺激されることにより、耳下腺や顎下腺がはれることがあります。
 市販の下剤を大量に飲んで無理やり下痢をすることを繰り返していると、大腸の粘膜はただれたり、潰瘍ができて出血したりします。排出行動を常習的に繰り返すと、消化液や体液が一緒に出てしまい、電解質(ナトリウム、カリウム、カルシウム、など)が体から失われ、いろいろな体の不調がおこります。手足の脱力や麻痺、強いだるさ、吐き気、不整脈、意識が薄れる、ケイレン、など。
 大量に食べても、無理やり吐いたり下痢したりすれば、結局、栄養状態は悪化し、それがかえって過食の衝動を強くしてしまう。そして、「またやってしまった」とか、「どうして気持ちをコントロールできないのだろう」と考えてしまい、罪悪感や自己嫌悪がおそってきます。疲れ果て、抑うつ感が強まり、これがまたストレスになって、そのストレス解消の手段として再び過食・嘔吐・下痢を繰り返していきます。そして、「過食症の悪循環」にはまっていきます。

<たとえばこんなふうです>
22才の女性。春に就職しましたが、なかなか仕事がおぼえられず、上司や先輩からしばしば小言を言われていました。一人暮らしで仕事の愚痴を聞いてくれる人もなく、イライラしやすくなり、夜も寝付けない日がふえていきました。夕食後にお菓子類をたくさん食べるようになり、そうすると眠りやすくなりました。人間関係に問題があって気分が沈むこともあって、夜に食べる量が徐々にふえていきました。スナック菓子、パン、おにぎり、などを、ペットボトルの飲料水を飲みながら、短時間で一気に詰め込むようになっていきました。ある時、過食しすぎて苦しくなり、自分でのどに指を入れて吐いたところ楽になったため、その後、過食をするたびに吐くようになりました。過食・嘔吐を繰り返す自分に嫌気がさして、今日限りで終わりにしようと思いますが、翌日にはまた過食をしたいという気持ちが強まり、結局仕事帰りに大量の食べ物を買い込んできてしまいます。そのうち、精神的に抑うつ的になって何をするのもおっくうになり、会社を休みがちとなりました。上司から連絡を受けた母親が本人のもとを訪れ、説得して心療内科を受診することになりました。薬を飲む治療と、対人関係に焦点を当てたカウンセリングを受けて、約半年で軽快しました。(以下、次号へ続きます)


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