中沢クリニックだより
秋の号(第81号)

解説シリーズ[心を考える](その9);
いじめ:(下)
 前々号、前号に引き続き、「いじめ」について最終の解説をします。

<いじめをなくすことは、可能でしょうか?>
 人と人が関係を結び、集団を営み、社会を作っている限り、子供であっても大人であっても、集団と集団の間であっても、また、社会と社会の間であっても、「いじめ」は力関係の力学の中で影のように忍び寄って、つきまとう現象、と考えられます。
 わが国で「いじめ」が社会問題になって、30年ほどがたちますが、その間、学校も行政も関係諸機関も、いじめに対して、手をこまねいていたわけではありません。むしろ、限られた予算と人手の中で、できることはやり尽くしたぐらいでしょう。諸外国でも、いじめは問題になっており、いろいろ対策をしても未だに解決できた国はありません。
 しかし、かといって、避けられないもの、業(ごう)のようなもの、としてあきらめる訳にはいきません。
 正直言って、いじめに対して現時点で取り得る方針は、「根絶はむずかしいが、歯止めはかけられる」ということを目標にする、という方針でしょう。

<いじめへの対策;諸外国の状況>
*スウェーデンでは、「いじめのない学校環境は存在しない」「いじめは人間の攻撃性にかかわる現象」との認識から、ある研究グループが「いじめ防止プログラム」を提唱しています。その要点は、−−−−−
*イギリスでは、シェフィールド市の小中学校生の調査結果をもとに、「いじめ防止プログラム」が提唱され、シェフィールド・プロジェクトと呼ばれています。その要点は、−−−−−−
*アメリカでは、国民の多くは暴力や犯罪、麻薬、などの問題に関心が高く、いじめが大きな問題として取り上げられることは少なかった。
しかし、1990年代になっていじめの暴力が無視できないレベルとなり、「たとえ小さい暴力でも見逃さずに、早く芽を摘む」という考え方が出てきました。州法として、「反いじめ法」を制定している州が−−−−−
*イタリアでも、子供のいじめ自殺に関して訴訟が起きたりして、行政が対策に乗り出しました。いじめが発生した場合、行政は加害責任をいじめた側に求める方針をとり、−−−−−−

<わが国でのいじめ対策>
 わが国では当初、いじめ問題への対応の力点は、子供たちをいかに守るか、いじめられた子への精神的な苦痛にどう対処するか、という被害者対策に重点が置かれてきました。
 その後、もう一つのアプローチとして、いじめによる加害の抑制策として、いじめた子への「出席停止措置」や何らかの懲戒の処置も提言されました。また、「傍観者も加害者」というとらえ方も強調されました。しかし、具体的な成果は見られなかったようです。
 いじめられる側に対する対策も打ち出されています。いじめに対処するトレーニングを子供に提供し、対処能力を養って「打たれ強い子」を育て、かつ、周囲からの支援が迅速に発動されるような体勢を日頃から構築しておこう、というものです。
 さらに、いじめを「心の問題から社会の問題へ」という考え方が出てきています。子供たちも社会の一員である、として、自分のしたことについて行為責任を果たせるように教育しよう、いいかえれば「社会的責任能力」の育成を目指します。これを、さらに「社会性の育成」「人間力の育成」へとつなげたい考えです。
 また、「心の相談」を担当するスクール・カウンセラーに加えて、スクール・ソーシャル・ワーカーを導入する動きが出てきています。これは、−−−−
 いじめに対していろいろ手を打ってきたとしても、いじめの状況を大きく改善できていないならば、今までの対策が当を得たものかどうか検証し、今までとは異なった切り口から対策を立てられるかどうか、検討すべきでしょう。

<ネットいじめ、サイバーいじめ>
 最近の情報機器は、ケータイにしても携帯端末やノートパソコンにしても、私などの子供時代には想像もつかない発達をみせています。小学生や中学生がケータイを使っているのは、もはや日常風景になっています。メール、ブログ、プロフ、チャット、などインターネットの乱用による「いじめ」や誹謗中傷は、今や密かに広がって社会問題化しつつあります。
 この種の「いじめ」の特徴は、一つには、情報の発信者が特定されにくい、という点です。いじめる側の姿が見えにくいので、いじめられている側が、逆にいじめる側にたつことや復讐を企てることも可能になります。もう一つの特徴は、情報が広範囲の不特定多数に、瞬時にして広がることです。情報は、直接の人間関係がない人たちにも伝わり、いったい何人の人に伝わったか、確認のしようがない。この恐ろしさは、口コミや落書きなどとは比較になりません。
 日本では対策が遅れていますが、アメリカの−−−−州では、「学校いじめ防止法」を制定し、その中にサイバーいじめの加害責任を問うための規則を設けてあるそうです。

<大人のいじめ;職場いじめ、他>
 大人の世界でも、いろいろなタイプの「いじめ」があります。
パワ・ハラ(パワーハラスメント):職場で上司と部下の間で発生。
セク・ハラ(セクシャルハラスメント):男女間の力関係の中で発生。
アカ・ハラ(アカデミックハラスメント):
 教育・研究の場で教員と部下や学生などの力関係の中で発生。
ドク・ハラ(ドクターハラスメント):医師と患者さんの間で発生。
DV(ディー・ブイ)(ドメスティックバイオレンス):夫婦間で発生。
 個々の項目について、詳しく解説するのは省略します。力関係にアンバランスのできない社会はない、といわれます。しかし、力の乱用に歯止めを打ち、いじめの被害を減らす努力は続けなければならないでしょう。

<最後にひとこと>
「いじめ」は、人間社会につきまとって消し去ることのむずかしい、大きな問題です。妙案も特効薬もありません。しかし、そもそもいじめの多くは、非行や犯罪とはちがって、日常生活の中の私的責任領域で発生する人間関係のトラブルやルール違反、マナー違反に属するものです。したがって、本来、警察や教育委員会など外部機関が介入して解決をはかろう、とするものではなく、子供たちを含めて教職員や保護者など学校社会を構成している人々によって、自律的な判断と行動がおこなわれるべきものではないでしょうか。
 子供の世界で起こっている「いじめ」は、子供たちの成長に影を落とす問題であり、ひいてはこれからの日本社会のあり方・行く末にかかわってくる問題です。
 むずかしいことはともかく、いじめの芽に早く気がついて早く手が打てるように、日々の生活の中で、わが子に何か問題が起こっていないか、子供の心が読める親になってください。いじめの相談窓口は、以下のものがあります。
*「24時間いじめ相談ダイヤル」;−−−−
*「いじめ不登校ホットライン」;−−−−−
*「チャイルドライン」;−−−−−−子どもが直接かける電話。


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