解説シリーズ[心を考える](その6); ア ル コ ー ル 依 存 症:(下) 前々号に引き続き、アルコール依存症について解説します。 <アルコール依存症の治療が困難な理由> アルコール依存症の人は、 一見すると本人が自分の判断で好んで飲酒している様に見え、患者自身も好きで飲酒していると錯誤している場合が多い。その為、本人にアルコール依存症を指摘すると、「自分は違う」などと激しく拒否されることも多々あります。本人は、自分がアルコール依存症ではないことを主張するために、あらゆる理由を考え出します。アルコール依存症は否認の病気です。否認は家族にも見られます。「まさか自分の夫が、妻が、アルコール依存症のはずはない」。これは、家族のもっとも陥りやすい否認です。 はからずも周囲の人が、アルコール依存の進行を手助けしてしまっている場合もあります。酒代になりうる小遣いを提供する家族、過度の飲酒で本人が起こした不始末に対して本人になり代わり謝罪する妻、会社に嘘の電話をして二日酔いを隠してしまう家族、などのように、周囲が本人の尻ぬぐいをすることで、かえって当人が深く反省する機会を奪ってしまう。このような周囲の人を、イネーブラー(Enabler、助力者・理解者・世話焼き)と呼びます。 <治 療> 現在の医学では、アルコール依存症になってしまった患者を、「適量を楽しめる」ように戻してくれる治療法はありません。アルコール依存症の治療法は現在のところ断酒(断酒によって社会性を再獲得する)以外にありません。しかし、依存性薬物であるアルコールを断つことは並大抵のことではなく、一生涯これを続けることは想像以上の困難を伴います。どれだけ長い間酒を止めていても、再び飲み始めれば、病気がぶり返して元にもどってしまうのです。 アルコール依存症の治療でまず大事なのが、「本人の認識」です。多くの場合、上記のように、自分がアルコール依存症であることを認めたがらない。認めてしまうと飲酒ができなくなってしまうからです。何よりもまず、本人に病気の自覚と治療の意思を持たせることが大切であり、治療の第一歩となります。そのため、断酒をサポートする様々な試みがなされています。 1.薬による治療(抗酒薬) 現在、2種類の抗酒薬が使用されています(商品名は「シアナマイド」と「ノックビン」)。この薬を飲んでいて、飲酒をすると悪酔いするために、多くの飲酒ができなくなります。ただし、この薬は、飲酒欲求を抑える薬ではないため、医師の指導の下、本人への十分な説明を行った上での服用が必須です。 2.断酒を援助する団体 (1)断酒会 昭和45年に社団法人全日本断酒連盟として認可された団体で、その下に、各県ごとの断酒会があります。これは、アルコール依存症患者とその家族によって作られた日本独自の自助グループで、AA(アルコホリクス・アノニマス)と同じ目的を持ちながらも、日本文化の中で異なった運営や活動形態をしています。断酒を続けることを互いにサポートし合い、酒害をはじめ、アルコール依存に対する正しい理解・知識を広く啓蒙する活動を行っています。 山梨県には、現在、10か所ほどの断酒会があるそうです。 (2)AA(アルコホリクス・アノニマス) 1935年(昭和10年)に米国でアルコール依存症者により始められた最初の自助グループです。日本には昭和50年に導入され、現在では日本各地に多くのグループがあります。AAは上下関係に基づかない活動を維持し、いかなる宗教、政党、組織からも独立していることと、匿名性を守り自分でお酒をやめたいと思っている人だけがメンバーとなれます。ミーティングでは司会者が一人いて、メンバーは自分の飲酒にまつわる体験談を一人一人話していきます。他のメンバーの話を批判しないことが原則になっています。 (3)アラノン アルコール依存症の患者の配偶者のための自助グループのことです。アラノンは当事者だけの匿名断酒会であるAA(アルコホリクス・アノニマス)から、独立した全く別の組織です。 3.精神保健福祉センター 精神保健法に基づいて全国の都道府県に設置されている公的機関です。アルコール関連問題に対しては、酒害相談指導事業が行われていて、適正飲酒の普及、アルコール依存症に関する相談や指導、更に再発防止の対策まで総合的に行っています。また、地域のアルコール専門治療施設や保健所など関連機関との調整、断酒会などの民間団体育成などで、地域におけるアルコール関連対策を取りまとめています。家族の中にアルコール依存症の人がいて悩まされている場合は、まず精神保健福祉センターの酒害相談を利用することをお勧めします。自分の住む地域の専門病院やアルコール外来、断酒会・AA・アラノンなどについても教えてくれます。 山梨県での連絡先は、山梨県立精神保健福祉センター(甲府市北新1丁目、福祉プラザ内、電話;055−254−8644)です。 <家族や周囲の人の対処法> 家族や周囲の人は、アルコール依存症を本人の意志が弱いから、とか人格の問題、とかにしないで、「病気」として対応すべきです。そして、上記の「イネーブラー」としての考え方や行動をやめることです。最終的には、本人に専門的な治療を受けさせるべく、精神保健福祉センターや保健所の窓口に相談に行くことです。飲酒による問題は、本人だけでなく家族にも悪影響を及ぼすことがあるでしょう。家族のための自助グループや治療プログラムに参加してみるのも、助けになると思います。 <女性とアルコール、胎児への影響> 女性は、同じ量のアルコールを飲んでも男性の2倍の悪影響が出るといわれています。また、習慣飲酒からアルコール依存症への進行の時間は、男性で約10〜20年といわれていますが、女性ではその約半分の期間であるといわれ、急速にアルコール依存症となってしまう危険があります。 アルコールは、胎盤をほぼ素通りして胎児にまで到達しますので、母親が飲酒すると胎児に悪影響が出ます。母親がアルコール依存症で妊娠中も飲酒を繰り返した場合、胎児は先天異常をもつ胎児性アルコール症候群(FAS)として生まれてくる危険性が高まります。出産後、授乳期においても母親が飲んだアルコールが母乳を通じて乳児に影響を与えます。このため、母乳で育てる場合は、授乳期間中も飲酒は避けるべきです。 <最後にひとこと> 3回にわたり、アルコール依存症について解説してきました。酒は、薬にもなるし、毒にもなるものですが、本来は日々の生活を明るく楽しくし、明日の鋭気を養うもの、そして人間関係を良好にし、人生を充実させるものであるべきです。「酒は人間を映し出す鏡である」ともいいます。酒は飲むものであって、酒に飲まれてはいけませんね。「食べながら、ゆっくり飲む」というのが上手な飲み方の基本です。貝原益軒先生が「養生訓」で説いている「酒は半酔に飲めば、長生の薬となる」という教えを大切にしたいものです。 [酒にまつわる映画について] アルコール依存症をテーマにした映画は、ありそうで実際にはあまり多くはないようです。このテーマは、悲惨な話はたくさんあっても、ハッピーエンドにはなりにくい、娯楽作品にもなりにくい、という事情でしょうか。私が知っている限りで、以下のような映画を選んでみました。 「酒とバラの日々」は、以前(5年前)、クリニックだよりで取り上げたことがありました。原題は、Days of Wine and Roses 、1962年のアメリカ映画です。音楽はヘンリー・マンシーニが担当し、実に味わい深いテーマ音楽でアカデミー主題歌賞を受賞しました。主演は、ジャック・レモン、リー・レミック。サンフランシスコにある宣伝会社に勤めるジョー(ジャック・レモン)は、お得意先のパーティーで大会社の秘書カーステン(リー・レミック)と知り合った。カーステンは堅い女性だったが、陽気な性格のジョーの気持ちを受け入れて結婚し、女の子が生まれた。もともと酒好きなジョーは、社用を口実に相変わらず飲み続け、カーステンも彼に付き合って少しづつ飲むようになった。ジョーは酒の上の失敗が重なり、遂にクビになってしまった。カーステンは酔い潰れてアパートを火事にしてしまうほど、飲んだくれになっていた。2人は禁酒しようと努力したが、結果はいつも失敗。妻の実家に助けを求めて、身を寄せ、妻の父の経営する植物園でバラの世話をして働いた。酒をやめて一時は順調にすごしたが、一旦気がゆるむと、こっそり持ち込んだ酒で2人とも酔い潰れ、バラ園をメチャメチャにしてしまった。その後ジョーはアル中患者更生団体(A・A)の助けで立ち直ったが、カーステンは、自分をアル中と認めないまま立ち直れず、夫と娘の所にもどれないまま−−−。 「失われた週末」 、ちょっと古い映画ですが。 原題;The Lost Weekend、1945年、アメリカ映画。 監督:ビリー・ワイルダー 。この年のアカデミー賞で監督賞、脚本賞、主演男優賞を獲得。主演は、レイ・ミランド、ジェーン・ワイマン。 小説家志望のドン(レイ・ミランド)は33歳、ニューヨークに飛び出してきたが、一向に小説が売れない。小説が書けない焦燥をまぎらそうと酒を飲み始め、とうとうアルコール中毒になってしまった。弟思いの兄のアパートにやっかいになっていて、兄のお金をくすねて酒を買う状態。恋人のヘレンは、ドンの正体を知っても彼を見限らず、救おうと世話をするが、ドンは酒代を得ようとタイプライターを質入れしようとしたり、自分で隠した酒瓶のありかがわからなくなり、部屋中をメチャクチャにしてしまったり。ついにはアルコール中毒患者収容所に収容されてしまうが、兄と恋人の助力でなんとか立ち直りのきっかけをつかもうとする−−−−。 現在、ハリウッドで活躍している俳優・女優たちが出ている新しい映画では、 「男が女を愛する時」 、原題;When a Man Loves a Woman、1994年アメリカ映画。主演;アンディ・ガルシア、メグ・ライアン。仕事で忙しく不在がちの夫、寂しさを酒で紛らすうちにアルコール依存症におちいっていく妻。一度は崩壊してしまった家庭だが、最後は立ち直れる希望も見えて−−−。 「リービング・ラスベガス」、原題;Leaving LasVegas、1995年アメリカ映画。主演;ニコラス・ケイジ、エリザベス・シュー。映画脚本家のベンは、酒の問題で職も家族も失い、自暴自棄になってラスベガスにやってくる。街で娼婦のサラと出会い、心を通わせるが、いっさいの治療を拒み、酒に溺れて死んでしまおうとする−−−。この年のアカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。 「28デイズ」、原題;「28 Days]、2000年アメリカ映画。主演;サンドラ・ブロック。ニューヨークに住むジャーナリストのグエンは、独身のキャリアウーマン。毎晩パーティーに出かけては倒れるまで酔っぱらう日々。ついには、アルコール依存症を治療するリハビリセンターに収容され、ここでの28日間の物語。ここで様々な過去を持つ仲間たちに出会い、人生のすばらしさを見いだしていく−−−。 邦画には、アルコール依存症と正面から取り組んだ映画は、思いつくものがなさそうです。「飲んべえ」の医者が出てくる映画はありますが−−−。(「酔いどれ天使」、1948年、 黒澤明・監督) |