解説シリーズ[心を考える](その6);

ア ル コ ー ル 依 存 症:(中)
 前号に引き続き、アルコール依存症について解説します。

<アルコールの害>
 お酒を飲み続けると、アルコールというドラッグはからだをむしばんでいきます。破壊されるのは肝臓だけではありません。食道や胃腸の病気、膵炎、痴呆、糖尿病、高血圧、心臓病など、いろいろな病気がアルコールによって悪化する可能性があります。このためアルコール依存症の人は早く死んだり、長い期間療養生活を送ることになりがちです。自殺や事故の発生率も高いといわれています。
*急性アルコール中毒;短時間に多量の飲酒をして、酩酊状態に陥る状態です。
重くすると、泥酔状態から昏睡状態に進み、救急車で病院に運ばれることになります。そうならないために、(1)空腹で飲まない、(2)自分の適量をゆっくり飲む・飲み慣れた酒しか飲まない、(3)イッキ飲み、かけつけ三杯、はやらない。
*アルコール依存症の合併症;アルコール依存症の患者さんは、心身に多くの疾患を抱える危険性を持っています。精神・神経系の病状( 記憶障害、幻覚、妄想、歩行障害など下肢の失調、痴呆、末梢神経炎、など)や内臓疾患(脂肪肝、肝炎、肝硬変、胃炎、膵炎、心筋症、など)です。これらの中には、酒を断つことによって回復する場合もありますが、回復に長い時間がかかることもありますし、また、脳や身体に不可逆的にダメージを受けて、思うように回復できない場合もあります。

<アルコール依存症の診断>
 アルコール依存症を自分でチェックする方法がいくつか提唱されていますが、わが国で繁用されている方法を次のとおり示します。
<久里浜式アルコール依存症スクリーニングテスト (KAST)>
 最近6か月の間に次のようなことがありましたか?
1.酒が原因で家族や友人との人間関係にひびがはいったことがある。
2.せめて今日だけは酒を飲むまいと思ってもつい飲んでしまうことが多い。
3.周囲の人(家族、友人、上司など)から大酒飲みと非難されたことがある。
4.適量でやめようと思っても、つい酔いつぶれるまで飲んでしまう。
5.酒を飲んだ翌朝に前夜のことをところどころ思い出せない。
6.休日にはほとんどいつも朝から飲む。
7.二日酔いで仕事を休んだり、大事な約束を守らなかったりしたことがときどきある。
8.糖尿病、肝臓病または心臓病と診断されたり、治療を受けたことがある。
9.酒が切れたときに汗が出たり手がふるえたり、いらいらや不眠など苦しいことがある。
10.商売や仕事上、飲酒が必要である。
11.酒を飲まないと寝つけないことが多い。
12.ほとんど毎日3合以上の晩酌(ウイスキーなら1/4本以上、ビールなら大ビン3本以上)をしている。
13.酒の上の失敗で警察のやっかいになったことがある。
14.酔うといつも怒りっぽくなる。
 ここでは省略しましたが、各項目に点数がつけてあり、その合計点でアルコール依存度を判定します。

<経 過>
 人間の脳は、アルコールの作用で軽い酩酊状態になると快感を感じることを学習します。一旦、酔う楽しみを学習すると、また飲酒をして快感を得たくなり、しだいに酒の味を覚え、飲酒が常習化します。そのうちにだんだん酒に強くなり、より多くの酒を飲まないと酔わなくなります。これを、アルコールに対する「耐性」といいます。こうして大量飲酒が日常化してきます。これがアルコール依存の始まりです。さらに進むと、アルコールが切れてくると精神的にも身体的にも酒がほしくてたまらない状態になります。これが離脱症状(禁断症状)です。こうなるとアルコール依存の完成です。飲酒への強迫的な欲求が意志を上回るようになり、理性が禁じても体がアルコールを求めてしまうようになります。
 楽しむためではなく、禁断症状を避ける目的で飲酒を繰り返すことになってしまいます。このような状態に陥ってしまうと、もはや自分の意志だけで酒を断つことが極めて困難となります。
 飲酒を続けながら年令を重ねていくと、肝臓のアルコール処理能力が低下してきますので、最盛期より少ない量で悪酔いするようになります。そこで飲酒量が減るかというと、脳は一定量の飲酒によって酔うことを学習していますから、大量に飲んでいた時と同じ量をのまないと満足できません。こうして、飲んでは酔いつぶれ、目が覚めてはまた飲む、という連続飲酒に陥ってしまいます。
 依存症の人は「ブレーキの壊れた車」に例えられます。止めておけば何の害もありません。しかし、いったん走り出すと、何かに衝突するまでは止まらないのです。同じように、依存症であってもアルコールを完全に断っていれば、普通の人と同じように暮らすことができます。しかし、一旦飲み始めれば、暴走が始まってしまうのです。「節酒を心がければ大丈夫」と考えるかもしれませんが、それは、「ブレーキの壊れた車でも、ゆっくり走らせれば事故にはならない」という間違った考えに似ています。
 実際、節酒は、完全な断酒よりも難しいのです。それは、依存症という進行性の病気の長い長い下り坂を、ゆっくりではありますが、しかし、確実に下っていく過程にすぎません。
(以下、次号へ続きます)

[酒にまつわる落語について]
 現在、NHKテレビの朝の連続ドラマ「ちりとてちん」では、落語家一門が主人公で、落語に対する関心が高まっているようです。落語では、遊び、道楽は重要な題材です。中でも、昔から男の三道楽といわれる中で、「飲む」はよく登場するテーマです。「飲む」というのは酒を飲むことですが、落語の酒は、飲みたい人が酒を飲んで楽しんでいる、という話は少なくて、飲んで酔った結果何かが起こる、または飲んではいけないのに飲んでしまって騒動を起こす、という話が多いようです。
 酒飲みの出てくる噺は、たくさんあります。少し挙げてみますと、「居酒屋」、「禁酒番屋」、「二番煎じ」、「替り目」、「首提灯」、「猫の災難」、「一人酒盛り」、「親子酒」、「試し酒」、「らくだ」、「棒だら」、「盃の殿様」、「芝浜」など。

「居酒屋」は、三代目・三遊亭金馬が昭和4年にレコードに吹き込んで大当たりし、一躍全国にその名を知られ出世作になった落語です。酔っぱらいが居酒屋で小僧をからかうやりとりの噺ですが、実におもしろく組み立てられています。
「禁酒番屋」は、上方では「禁酒関所」ですが、酒好きの侍の屋敷に何とかして酒を届けようと工夫をこらして番所を抜けようとする様子が描かれています。
「二番煎じ」は、江戸時代の庶民が交替で火の用心の夜回りをするのですが、寒い冬に詰め所で暖を取ろうと燗酒を飲んでいると、そこに役人の侍が顔を出し、煎じ薬だと言いつくろってみたがバレてしまう。役人はそれを責めず、一回りしてくるので二番を煎じておくように、と指示するという落ちです。十代目・金原亭馬生の得意な演目でした。
「試し酒」は、ある酒飲みが、五升の酒を飲めるかどうかを賭けて、見事飲みきってしまうのですが、事前に五升飲めるかどうか試しに飲んでから、賭けに臨み、さらに五升を飲みきったというのですから凄い噺です。
「芝浜」は、酒浸りの夫を立ち直らせた夫婦の愛情を暖かく描き、古典落語の中でも屈指の人情噺として知られています。戦後は三代目桂三木助が十八番とし、彼の存命中は他の噺家は遠慮したほどでしたが、現在では広く演じられています。噺のヤマが大晦日であることから、年の暮れに演じられることが多いようです。
 魚屋の勝五郎、腕はいいし人間も悪くないが、大酒のみで怠け者。金があるだけ飲んでしまい、仕事もろくにしないから、店賃(たなちん)もずっと滞っているありさま。今年も師走で、年越しも近いというのに、相変わらず酒浸りで仕事を休んでいる。女房の方は今まで我慢に我慢を重ねていたが、さすがにいても立ってもいられなくなり、真夜中に亭主をたたき起こして、「このままじゃ年を越せないから魚河岸へ仕入れに行っておくれ」とせっつく。勝五郎はしぶしぶ天秤棒を担ぎ、追い出されるように出かける。芝の浜で、顔を洗おうと波打ち際に手を入れると、何か触るものがある。拾ってみるとボロボロの財布らしく、中をさぐると四十二両もの大金。家にとって返し、女房の尻をたたいて、酒を買ってこさせ、そのまま酔いつぶれて寝てしまう。
 不意に女房が起こすので目を覚ますと、「年を越せないから仕入れに行っておくれ」と言う。「金なら四十二両もあるじゃねえか」としかると、「どこにそんな金があるのさ、おまえさん夢でも見てたんだよ」と、思いがけない言葉。さすがに勝五郎も自分が情けなくなり、その日から酒はきっぱりやめて仕事に精を出しました。それから三年。すっかり改心して商売に励み、小さいながら店を構えるようになりました。

 大晦日、片付けも全部済まして夫婦水入らずという時、女房が見てもらいたいものがあると取り出したのは紛れもない、あの時の四十二両。金を拾ったのは夢だったの一点張りで、隠し通してきたが、好きな酒もやめて懸命に働くのを見るにつけ、辛くて申し訳なくて、陰で手を合わせていたと泣く女房。勝五郎は「とんでもねえ。おめえが夢にしてくれなかったら、今ごろ、おれの首はなかったかもしれねえ。手を合わせるのはこっちの方だ」。女房が、「もうおまえさんは大丈夫だから飲んどくれ」と、酒を出し、勝五郎は、そっと口に持っていこうとするが、「よそう。……また夢になるといけねえ」。


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