[新年のごあいさつ]
 皆様、新年おめでとうございます。厳しい寒さの中、富士山、南アルプスの連山、そして八ヶ岳と、雪を頂いた山々が変わらずに見守ってくれています。新しい年の初めに、これからの一年がどんな年になるだろうか、と考えながら、今年一年の目標を考えています。また、新しい年が始まりました。
 昨年は、日本の人口が初めて減少に転じた、ということで、予想よりも早く人口減少の時代に突入しました。少子高齢化は今後もさらに進むものと考えられていますが、そこで重要となる医療福祉の面でいかに充実した方策が打ち出されるのか、大いに関心のあるところです。しかし現実は、厳しい道のりとなりそうです。火の車となっている国の財政状況のため、医療福祉の分野への支出を節減して、個人の負担額を増やすことになってしまいました。私ども医療を提供する側も、3年前に小泉首相の「三方一両損」という言い回しで医療費を減らされて以来、収入を減らし続けていますが、今年はさらに大幅に医療費を減らされることとなりました。日本医師会は、署名運動もして抵抗していますが、抵抗勢力によってさらに強力となる小泉首相の強権の前では、「焼け石に水」となってしまいそうです。医療レベルの低下だけは、なんとかくい止めたいと思うのですが。

 さて、今年、医療界での大きな動きとしては、次のような問題があります。

<健康保険制度の改定>
 年々増加している医療費をなんとか抑制しようと、政府は健康保険制度の改定をおこなって、今年4月から医療費を減らすこととなりました。薬価(薬の公定価格)を引き下げ、さらに診療代も引き下げる、というものです。その一方で、患者さんの自己負担額はさらに増額されます。現役世代は基本的に3割負担まで増えてきており、従来1〜2割であった68才以上の高齢者の負担が2〜3割に増えます。このような状況で、私どもが最も心配していることは、負担増をいやがる患者さんが通院をやめる、薬を勝手にへらしたり止めたりする、必要な検査を受けなくなる、などの事態となってかえって病状を悪化させてしまうことです。病状を悪化させてしまえば、かえって医療費が余計にかかることにもなり、本末転倒、元も子もないこととなります。われわれ医師は、医療費のムダを省き、医療費の有効活用に努力しながら、患者さんに納得していただける質の高い医療の提供に心がけていきたいと思います。

<小児の予防接種の変更> 
 今年も小児の予防接種に、変更があります。今年、大きく変わるところは、小児の麻疹(はしか)と風疹です。(本号の最後のページに詳しく説明してありますので、見て下さい)

 さて、当クリニックは今年、開業18年目を迎えました。今年も皆様のホームドクターとしての初心を忘れず、十分にその役目を果たせるよう精一杯がんばっていきたいと思います。皆様の忌憚のないご意見やご批判をお願いいたします。

解説シリーズ[心を考える](その4)
摂食障害(1); 拒食症(上)

<摂食障害とは?>
 摂食障害という病名は、あまりなじみがない病名と思います。「摂食」とは食物を食べることを意味し、われわれが生命を維持し活動するためのエネルギーを補給するために必要な本能的行動です。その障害が摂食障害という病気で、わかりやすく言えば、食事を受け付けなくなり極端にやせる拒食症と、むちゃ食いを繰り返す過食症とがあります。
 拒食症と過食症とは、症状の内容をみると全く別の病気のようにみえますが、それぞれの病状の成り立ちには、心の問題が大きく関与しているという共通点があり、まとめて摂食障害と呼ばれます。つまり、摂食障害という根っこは同じで、幹が二本に分かれて、一つは拒食症、もう一つは過食症ということです。
 人間は他の動物と違って、生存のためだけに摂食するのではなく、人生を楽しんだり、豊かにするために「食べる」行為をします。そして、食べ物の料理法や盛りつけ方などを工夫し、「食べる」行動を楽しみます。このような摂食行動ができあがっていくためには、乳児期の母乳やミルクを飲む時期から、幼児期、小児期、さらに青年期へとつながる長い時間がかかります。その中で、子供と親、子供と家族、さらに集団の中、などの環境の中でいろいろな人間関係ができ、身体の発達や精神的発達に平行して摂食行動もできあがっていきます。その過程で、いろいろと問題があれば、摂食行動の異常をきたすこともあり、さらには問題行動を起こすケースもでてくるといわれています。
 摂食障害は、その人の生活や人生のあり方に深く根ざしています。そして、いろいろな要因が複雑にからみあって発症します。患者さんは、多くの場合、自分が病気であると認識していません。摂食障害には、この治療法で治る、という確立された治療法というものはなく、病状が慢性化してくると治療の道のりは決して平坦なものではありません。

<拒食症とは?>
 拒食症(または神経性食欲不振症)とは、食事を受け付けなくなりガリガリにやせ細ってしまう病気です。数多くのヒット曲を持つ「カーペンターズ」という兄妹デュオの妹;カレンが、この病気で1983年に32才の若さで亡くなったことはよく知られています。拒食症は、主として未婚の思春期・青年期の女子にみられます。「思春期やせ症」という病名があるゆえんです。少ないですが既婚婦人にも青年男子にもみられます。近頃は、発症年齢の幅が広がり、9〜10才くらいから、上は30才代の後半にまで及んでいます。わが国でも1000人に一人ぐらいの発症率があるようです。
 いっさいの食物を拒否する訳ではありませんが、極端な食事制限をつづけ、短期間のうちにみるみるやせてしまいます。あまりのやせ方に、周囲の人が「病気ではないのか?」と心配してしまうのですが、本人には異常であるとか、病気である、という自覚はありません。ガリガリにやせていても、本人は「私はやせていない、病気ではない」と主張する人が多いのです。そして、極端にやせているにもかかわらず、減量のために運動するなど、むしろ活動的になります。意図的にやせるようにして体重をコントロールできると、あたかも自分で自分がコントロールできている、という達成感・充実感を本人にもたらしているようです。

<なぜ拒食症がおこるのか?>
 なぜ、このようなことになるのでしょうか? 拒食症は、ここ20年ぐらいの間に低年齢化して、子供でも決してめずらしくなくなってきました。それは、一つには社会風潮としての「やせを賛美する風潮」が子供にまで影響してきているから、ということです。小学生でもスタイルを気にし、特に女の子はスリムな体型になることを望んでいます(やせ願望)。マスコミに登場するタレントたちは一様にスタイルがよく、やせています。子供向けの雑誌にさえダイエット記事が氾濫している時代です。「やせ願望」から「肥満恐怖」へつながり、さらに「太っていることは悪」とエスカレートしていきます。
 拒食症は、別名「神経性食欲不振症」とも呼ばれるように、その発症に心の問題がかかわっています。発症につながる要因としては、本人の要因として、身体的要因、性格・行動・認知の特性、発育上の問題、思春期の特性など、家族関係・人間関係の要因としては、親子関係、家族システムとしての問題、学校や職場での悩みなど、さらに社会・文化的な要因としては、やせ礼賛風潮、社会的価値観、マスコミの報道姿勢など、があります。このように多くの要因が関与しており、原因を一つに特定できず、単純なものではありません。いくつかの要因があって、そこに発症のきっかけとなる出来事があり、そして発症していきます。

<きっかけとなる出来事>
 拒食症の多くは、ダイエットが引き金になって発症します。極端なダイエットを始めても、空腹に耐えられなかったり、体調をくずしてあきらめたり、長続きしない場合が多いのですが、拒食症の人は強いやせ願望があるのでダイエットに歯止めがかからず、どんどんやせてしまいます。当初は意識的に食べない状態を続けているのですが、やせが進むと食べようと思っても食べられなくなってしまうこともあります。
 受験失敗、失恋、肉親の死、職場の人間関係、生活環境の変化などのストレスが原因となって食欲が落ち、たまたま少しやせたことが拒食症のきっかけになることもあります。体重が減って余計な脂肪や贅肉がとれていく感じは、あたかも自分があらたに生まれ変わるような新鮮な気分を味わわせてくれます。体重がかなり減ってくると、頭が冴えてくるような気分になるようです。ダイエットがうまくいっているという達成感が出て、本人はますますダイエットに励んでしまいます。やせると周囲の状況も変化してきます。友達などから「このごろずいぶんスマートになったわね」などといわれ、周囲の人から関心を集め、ほめられたり、うらやましがられたりします。
「私は他の人ができないようなコントロールができているのだ」という得意感が強まり、やせる前に抱いていた孤立感や挫折感が癒されるような気持ちを味わえるようです。また、家族が「どこか体が悪いのではないか」と心配してくれて、自分のことに関心をもってくれることも、自分としてはうれしく感じるのです。

<たとえばこんなふうです>
 私たちの回りにもありそうな例を挙げてみます。A子さんは、小学生のころから成績が良く、学級委員もしていて、優等生でした。中学から高校へかけては体操部に所属していました。高校2年生の時に体操部に新しいコーチが着任し、今までとはうってかわって厳しい指導が始まりました。競技大会の選手に選ばれたA子さんは、155cmで48kgでしたが、コーチから6kgの減量を申し渡されました。A子さんにはもともと完全主義的な性格傾向があり、やるからには徹底してやろうと考え、コーチにもほめられたいと思いました。早朝に起床し、柔軟体操や縄跳びをしてからコーヒーだけ飲んで登校し、始業時まで体育館で体操の練習にはげみました。昼食は母親の手作り弁当はやめて、パンと牛乳だけにしました。放課後は体操部の練習をし、学習塾にも通い、帰宅後も深夜まで勉強しました。夜中の空腹も我慢した甲斐があって、順調に減量できて体操の技も上達していき、A子さんは満足でした。体が軽く感じ、頭脳も明快になった気がしました。ダイエット食にもなじみ、成績も上位を維持できて、やればできるんだという自信が生まれてきました。その後、A子さんは、この体重ではまだ不十分だと考えるようになり、自分で目標を決めてさらに減量に励みました。40kgを切ってもまだ不満で、もっとやせたい、もっと細く軽くなりたいと、とりつかれたように減量に取り組みました。32kgまで減ってフラフラしながらも練習を続けましたが、ついにコーチから練習の中止命令が出て、母親がいやがるA子さんをやっとのことで病院につれて行きました。その状態でもA子さんは、自分が病気だとは認めたがらず、練習に行くことを主張しました。しかし、競技大会に出られない現実を思い知り、涙を流しながら病院のベッドで点滴を受けていました。やがて少しずつ食べられるようになりましたが、このまま食べ続けると、せっかく苦労してやせたのにまた元の体重にもどってしまう、と肥満への恐怖が猛烈にわき上がってきました。治療は、まさに肥満恐怖との戦いでした。
(以下、次号へ続きます)

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