解説シリーズ[心を考える](その3)
PTSD(心的外傷後ストレス障害)(中)

 前回、PTSDについての解説の1回目として<トラウマとは?>、<PTSDとは?>につき説明し、さらに実際の症例を示しました。今回、診断について解説を進めます。

<どのように診断しますか?>
 PTSDは、突然の衝撃的な出来事(トラウマ体験)の後、次の三つの特徴的な症状が1か月以上続いた場合、診断されます。
(1)再体験「フラッシュバック」; トラウマ体験の記憶が、意思とは無関係に繰り返し浮かんだり、あたかも過去のトラウマ体験のまっただなかにいるような恐怖を感じたりする。眠っている間に、悪夢をみることもある。
(2)回避・麻痺; できるだけトラウマ体験を思い出さないようにしたり、それを想起させる場所や物を意識的、無意識的に避けたりする。また、これまで興味があったことや日常の活動に関心がもてなくなったりする。
(3)過覚醒; ちょっとした物音などにもビクッとしたり、不眠、イライラ、集中力低下、などが起こる。

 さらに詳しくは、DSM−IV診断基準(アメリカ精神医学会の診断統計要覧第四版)があります。これは、専門的になりますので、その概略を示します。
.極度の恐怖、無力感、絶望などを感じたトラウマ体験をした。
.トラウマ体験が、繰り返し体験される(フラッシュバック)。生々しい記憶、繰り返し見る悪夢、強い精神的苦痛、など。
.トラウマの原因になった状況から回避する、または回避したがる。
D.トラウマ体験以前には見られなかった、次のような覚醒の亢進状態が見られる。睡眠障害、神経過敏となりイライラや怒りの爆発、注意集中困難、過剰警戒(警戒心が異常に強くなる)、極端な驚愕反応(ささいなことで極端に驚く)。
E.上記B,C,Dの症状が1か月以上続いていること。
F.上記B,C,Dの症状による障害があり、著しい苦痛を生じていたり、生活上や仕事上で重大な問題を起こしていること。
 以上のA〜Fを満たす場合、PTSDと診断します。

 PTSDのこれらの症状は、トラウマの後、通常3か月以内に始まりますが、時に、数ヶ月後、または、数年後になって現れることもあります(発症遅延)。症状の持続が1か月以上で、PTSDと診断されますが、1か月以上〜3か月未満を急性PTSD、3か月以上持続する場合を慢性PTSD、と分けます。また、症状の期間が1か月未満の場合は、PTSDとは呼ばず、急性ストレス障害(ASD、Acute Stress Disorder)と呼びます。

<PTSDの診断のむずかしさ>
 現在、上記のような診断基準ができていますが、PTSDの診断は実際にはそう簡単ではありません。この病状の概念ができあがってきたのは1980年代で、まだ歴史が浅く、一般の人々にも医師にもなじみが薄いこと、患者さんがトラウマ体験についてあまり話したがらないこと、などのためです。また、トラウマが原因で起こりうる精神障害としてはPTSD以外にも、いろいろな病態があります。うつ状態、パニック障害、解離性障害、適応障害、摂食障害、自傷行為、境界性人格障害、アルコール・薬物乱用を初めとする嗜好性疾患、などたくさんあります。これらは、PTSDに合併して見られることも少なくありません。したがって、医師やカウンセラーはPTSDを十分に理解し、日頃から警戒しておく必要があります。そうしないと、正しく診断できず、せいぜい「うつ状態」の標準的な治療を始めてみるぐらいしかできません。

<なぜ、このような障害が起こるのでしょうか?>
 人間の大脳のある部分(大脳辺縁系を中心とする部分)に、危機的状況を伝える神経伝達機構である「脳内のアラーム機構」があります。人が危険な状態に陥ると、その状況に対処して闘ったり逃げ出したり出来るように、活動性を高め、血圧や脈拍を上げます。PTSDでは、状況に関係なくこのアラーム機構が常に高ぶっていて、我が身が脅かされるように感じ、神経過敏な状態にあると考えられています。また、記憶に関する部分もアラーム機構と密接な関係があり、この部分の障害により、トラウマ体験を忘れることができず、非常に生々しい形で思い出されるフラッシュバックや、悪夢などが起きると考えられています。

<子供のPTSD>
 従来、幼児期の子供は、幼さゆえに現実を認識できないため、PTSDを発症することは少ないだろう、と考えられていました。しかし、実際はそうではなくて、幼い子供でも鋭い感受性を持っていて、トラウマ体験によって心に傷を受けます。一般に子供は、自分に降りかかってきたことをことばで十分に表現できないため、トラウマ体験をしても誰にも話せずに一人で耐えてしまう、ということがあるので、心の傷の症状が見逃されやすく、PTSDの診断ができなかったり、診断が遅れてしまいます。そういう時、子供をよく観察すると、ことばではなく行動の異常として現れることがあります。指しゃぶり・尿失禁などの「赤ちゃん返り」、まばたき・口をゆがめる、などの「チック」、発熱・腹痛などの「身体不定愁訴」、などです。また、「ごっこ遊び」もよく見られます。阪神大震災の後には、多くの子供に「地震ごっこ」が見られたそうです。
 子供のPTSDの症状として、専門書に書いてあるものは次のとおりです;
(1)恐怖体験を思い出して混乱する。
(2)恐怖や不安を押さえ込もうとしてボーッとしている、などの反応性低下。
(3)安心感が崩れたため、不眠、興奮しやすさ、過度の警戒心などを示す。

<惨事ストレス、CIS、Critical Incident Stress>
惨事ストレス、または災害ストレス、と呼ばれるストレス反応が、消防隊員や警察官などの緊急業務従事者に見られることがあります。職業柄、凄惨な現場で死の恐怖を感じても、感情を抑制しながら作業をする必要があり、そのためにストレス反応が起きやすいのです。たとえば、めまい、吐き気、頭痛、不眠、悪夢、集中力や記憶力の低下、イライラしたり怒りっぽくなる、無力感、ひきこもり、などです。このような場合、適切に対処しないと、ミスや事故を起こしやすくなり、業務や日常生活で大きな支障となることがあります。このため、消防や警察では、CISへの適切な対応が必要とされています。
(以下、次号へ続きます)


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