中沢クリニックだより
新年号(第46号)
[新年のごあいさつ]
 二十一世紀の最初の年は、国内・国外ともに激動の一年でした。新世紀の始まりがこういう状況では、先が思いやられます。朝日川柳の一句を引用すれば、
「百年は もちそうにない 新世紀」、全く同感です。
 日本は今まで、各方面で改革をおこたり、問題の先送りをくりかえしてきました。その弊害があちこちに現れてきて、どうにもならないところまで来ております。私の関係する医療の面でも、この現象が顕著に現れております。健康保険制度は小手先の対策をくりかえして、場当り的にあちこちをいじくり回して実に複雑怪奇な制度になってしまいました。医療機関の窓口での会計事務は、煩雑を極め、医療事務用のコンピューター無しでは、とても対応できません。手計算でやろうとするものなら、「窓口で 算術せよと 厚生省」(自作)という状況になってしまいます。
 抜本的改革を先送りしてきたツケが、いよいよ今年は患者さんにも、医療機関にも、保険者側にも、降りかかってきます。「診察室 仏頂面(ぶっちょうづら)で 向かい合い」(朝日川柳)という、患者さんにも医師にも不幸な事態を生じては困ります。
「病院に 行けば痛みは さらに増し」(同)と、懐(ふところ)を痛める患者さんが出るでしょうし、診察する医師の側でも、「懐の 具合も診ている 聴診器」(同)というふうに診察に心を砕く必要がでるかもしれません。
 小泉首相は、「三方一両損」という彼一流の言い回しでうまいこと表現して、国民を納得させるつもりのようですが、厚生労働省の責任はどこへいってしまったのか、と言いたくなります。患者さんの負担増についての考え方や対策については、本号の中に私見を解説する文章を書いてみました。是非、ご意見をお聞かせ下さい。
 さて、何かはともかく、今年も一年間、健康で無事にすごしたいものです。当クリニックは、皆様のホームドクターとして十分に役目を果たせるよう、精一杯がんばっていきたいと思います。皆様の忌憚のないご意見やご批判をお願いいたします。


[皆様へお願いと連絡事項]
*今年も、インフルエンザが流行する時期を迎えました。インフルエンザの症状が出て2日以内に飲み始めると効果が期待できる薬が、使えるようになりました。もしインフルエンザと思われる症状がでたら、すぐにご相談下さい。また、インフルエンザでは、解熱消炎剤の種類によっては副作用が問題となる場合がありますので、注意が必要です。解熱消炎剤が必要の場合にはなるべく安全性の高い薬を選ぶべきで、しろうと判断をせず、かかりつけ医に相談して下さい。

*3月から4月にかけて、就職や退職などに伴い保険証が変わる方が出てくると思われます。保険証の変更が予定されている方、または、新しい保険証をまだ受け取ってなくてもすでに新しい保険に変わっている方、は早めに受付に申し出て下さい。

*進学や就職の際の健康診断を、当クリニックでおこなっていますので、どうぞご利用ください。予約は、不要です。所定の用紙がある場合は、ご持参ください。


[負担増!!その前にできることは?]
 すでに、新聞その他でご覧になったことと思いますが、今年4月以降、健康保険制度の改定が行われる予定で、患者さんの窓口での負担額が増えることになりそうです。
ですが今回は、改革推進を掲げる小泉内閣の方針で、医療の分野を聖域扱いせず、患者さん、医療機関、保険者側(健康保険組合、国・県・市町村など支払い側)、の三者が痛みを分け合うという、かつてなかったやり方になるようです。

<なぜ負担増の方向へ向かうのでしょうか>
 医療費は年々増加してきました。最近は、国民の高齢化に伴い老人医療費の伸びが著しく、医療費全体を増加させる主な要因となっています。老人医療費の多くを負担している国民健康保険はもちろん、若い世代の所属する社会保険も老人医療費の一部を負担しているため、赤字に苦しむ所が多い状態です。このままでは、日本が世界に誇る国民皆保険が維持できなくなる、という心配がでてきて、抜本的な改革が必要、といわれるようになりました。しかし、利害の衝突する保険者側(支払い側)と医療機関側との折衝は困難を伴い、厚生省は改革の力を発揮できずに、問題の先送りをしてきました。国民の負担する保険料は少しずつ増加してきましたが、医療費の増加には追いつかず、医療費の増加そのものを抑制することもむずかしく、結局、患者負担を増やすことで、しのいできた、というのが実情です。

<すでにきまっている改定の方針は次のとおりです>
*70才以上の老人医療では、今年10月から、基本的に1割負担の定率負担となります。従来、医院では、1回の診療につき800円、1か月に4回まで、の定額負担を採用できましたが、これは中止されて定率負担だけになります。基本は1割ですが、夫婦で年収630万円以上の高所得者では2割負担です。また、1か月当りの負担額の上限も引き上げられます。一例では、3200円から1万2000円へアップ、高所得者では4万200円へアップ、年収約260万以下の低所得者では8000円まで、と決められました。一時検討された75才以上の高齢者医療制度の創設は、先送りされました。

*社会保険の本人は、以前は1割負担、現在は2割負担、ですが、社会保険家族や国民健康保険では以前から3割負担であることから、必要なときに3割負担に引き上げる、という方針です。

*健康保険料や厚生年金掛金などの社会保険料は、従来は月給に主にかかっており、ボーナスにはごく低率の負担でよかったのですが、今後、ボーナスも含めた年間所得に対して掛かってくることになるようです。試算では、現行の7.5%から8.3〜8.8%へ引き上げられます。これは通常、労使折半ですから、職員を雇用している雇用主にも負担増となるものです。

*診療を担当する医療機関の収入も減らすべき、との意見から、診療行為に対する保険点数を減らす方針も決まりました。すでに見直し作業が始まっており、今年4月から新しい診療報酬体系がスタートします。

*従来、ほぼ2年ごとにおこなわれてきた薬価の改定は、今年の4月にも実施されることになっており、4.8〜5.0%の引き下げ(マイナス改定)になる予定です。薬が安くなれば患者さんの負担は減り、医療費を削減できます。製薬業界にとっては約4千億円の減収になると見込まれ、「痛み」となります。

<医療費を節約できる方策はいくつもあります>
 高齢者は一人でもいくつもの病気をかかえる場合が多く、しかも慢性の病気が主体なので、高齢者が増えることは医療費の増加につながる、という構造的な要因があります。また、医学はたえず進歩しているので、新しい治療法・検査・薬などが次々と医療の現場に取り入れられています。これも医療費の増加につながります。これらの増加要因は、簡単には変えられない事情です。しかし、日常の診療の中で振り返ってみれば、医療費を節約できる場面はいろいろと見つかります。小さいことのようでも、安易に負担増に走る前に、医師も患者さんも心がけてみるべきでしょう。

*薬を減らすことは、できませんか? かぜ薬などは通常、3〜4日分を出して効果をみていただいていますが、中には1週間分だしてほしい、というご希望もあってこちらも困ってしまうことがあります。症状がよくなれば途中で飲まなくなって、薬が残ってしまい、結局古くして捨てることにもなるでしょう。また、症状が変わる、薬がからだに合わない、とかの事情があれば薬を変更するので、その前の薬が余ればムダになります。シップなどの外用薬は、一度に出せる量の目安がありますので、たくさんの量を希望されても困りますし、残って古くすればムダです。2か所以上の医療機関にかかっている患者さんでは、各医療機関からもらう薬が重複する可能性があり、薬のムダであるだけでなく薬の副作用の原因にもなりうるので、薬剤情報を受け取ってチェックするなどで、対策したいところです。

*検査を減らすことは、できませんか? 診療に必要な検査をやめてしまえば、病気を見逃す可能性 もでて、良い結果を生みません。しかし、同じ検査を繰り返しては検査のムダが生じます。検査の結果は、きちんと説明を受け、結果のメモや印刷物をもらう、などして、生かすようにしましょう。また、健康診断を受けていれば、その結果を見せていただくことで検査を節約することもできます。

*病気の早期発見・早期治療も大切です。病気を重くしてから治療を始めるようでは検査にも治療にも医療費が余計にかかるのは当然です。健康診断や人間ドックを、きちんと受けて健康状態をチェックし、病気の芽を摘み取るようにしましょう。成人病(生活習慣病)を予防できれば、その後の医療費は随分と節約できます。

*安い薬に変えてみますか? 新しい有用な薬が登場すれば、それを導入してどしどし使っていきたいと考えるのは当然ですが、新薬は概して価格(薬価)が高いものです。薬価は徐々に引き下げられていきますので、古い薬は概して安くなっていきます。薬は古いから価値がなくなる、というものではなく、それで間に合う患者さんには使えるものです。それで、医療費を削減でき、患者さんの負担も減らせるならば、考えてみていいのではないでしょうか。

<医療機関への支払い以外の経費もあります>
 医療費として、通常は医院や病院にかかった時に窓口で支払う金額を考えますが、もっと広く健康に関連した費用として考えれば、健康保険料・各種保険の保険料・健康診断や人間ドックなどの自己負担分・薬局で買う薬などの費用・ハリ灸指圧マッサージなどの費用・栄養剤や栄養補助食品・いわゆる民間療法の費用、交通費、などいろいろあります。これらの出費を合算すれば、相当な金額になる人もいるのではないでしょうか。毎日の新聞に付いてくる広告には、いわゆる民間療法が大々的に宣伝されています。ありとあらゆる病気に有効である、といった宣伝文句は私どもには信じがたいものですが、通信販売で買って使う人はあるでしょうし、家族が買ってくれた、という人もいるでしょう。この際、それぞれの費用の必要性をよく検討しなおした方がよいでしょう。医療費の節約に役立つことでしょう。

<医療機関の収入を減らすことは何をもたらすか>
 今年実施される医療制度改定では、診察を担当する医療機関の収入を減らす方針が打ち出されています。医療費を減らすために、医療機関も痛みを分担しなさい、という説明です。しかし、これに対して医療機関側としては当然、反論の余地があります。

*従来の医療制度の改定では、薬価を引き下げて医師の技術料を上げる、というやり方がもっぱらおこなわれてきました。しかし、今年は薬価も下げるし技術料に相当する部分も下げる、ということになるようです。当然、医療機関の収入は減少します。これでは、職員の待遇改善は後退し、検査や治療の設備投資は減少することになるでしょう。良い人材の募集や新しい医療器械の導入がむずかしくなり、それは、患者さんにとっても良い方向ではないでしょう。

*従来、とかく「検査漬け、薬漬け」と批判されることのあった日本の医療ですが、医師の側だけにその原因がある訳でなく、患者さんからのご希望に答えて、という面があることもご理解いただきたいところです。検査や薬を思い切って減らした場合、病気や病状の変化を見逃したり、病気を重くしてしまったりしたら、元も子もない、ということになるでしょう。


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